本の話がしたい

高校時代、妹の「月刊カドカワ」を借りて、パラパラと見るともなしに見るうちいつのまにかひきこまれた。真ん中あたりに載ってる短編小説だ。話の冒頭に戻り読み始める。

 

仕事をクビになった若い女性が、山手線に毎日乗って、網棚の上の忘れ物を盗んで生計を立てるお話。他人の忘れ物をさり気なく手に取る、そのやり方の描写がリアルで、こんなふうに生活できるものなのか…とつい思わされる。静かなお話が心に残り、本になったら買おうと思ったのに、著者名を忘れてしまった。

 

それから数年後、山本文緒の短編集にこの話を見つけ、私は興奮した。表題作だったので、山本文緒もこの作品を気に入っているのではないかと思う。

 

翌週、学校の実習の合間に待ち時間ができ、さほど仲良くない同級生と2人で、時間をつぶすはめになった。すぐに話題がつき、手持ち無沙汰になる…当時はスマホがなかった。何か話さねばと思い、苦し紛れに、再会したばかりの短編の話をしてみる。

 

相手は適度な相槌を打ってくれて、話しやすい。気づくとあらすじを熱く語ってしまっていて、ネタバレの配慮もなく大事なシーンに突入しようとしていた。その時、相手がひと呼吸おいて、

 

〇〇さん(私)て、物知りだよね〜

 

と言う。え、何を言ってるのだろう?と思ったが、その人がうすら笑いを浮かべていたので、皮肉だとわかった。話を切り上げ、ストーリーは尻切れトンボになった。べつに続きも促されない。

 

「なんの得にもならない話をよくそんな長々と語るね」と言いたかったのだろう。読んだ本のあらすじを語るなんて、野暮だし、よっぽど巧みに話すのでなければ、ダルいだけで終わる。それから私は、小説の話をあまりしなくなってしまった。

 

あれから何十年もたち、今は本の感想を書き込める場所があるし、聞いてくれる友達もいる。ありがたいことです。

 

追伸:

この短編は山本文緒の「ブラックティー」。

 

追伸2

「その話つまんない」と言うかわりに「あなたって物知りだよね〜」と言う、その言語センスは意地悪さと密接に結びついている。