成仏シリーズ(6)恥をかかすな

私が6才のころのこと。休みの日に家族で海へ出かけた。

どことなくうわの空の父が運転し、助手席に母、後ろに妹と私が乗り、三十分ほどで浜辺に着いた。春先のことで、人影はまばらだった。線のひかれていない、だだっぴろい駐車場に入り、父は大きな車の右隣に停めた。

妹が海に興奮して、大声をあげ、勢いよくドアを開ける。

しかしその後、私たちは降りた車からしばらく離れることができなかった。妹の開けたドアが女子大生の車にあたり、相手の車体にわずかな傷がついたのだ。父が、隣の車の2人と話し始める。

ようやく話の終わりに近づき、両親が「申し訳ございません」と謝り、妹も父に促され、ごめんなさいと言った。続いて「さ、謝りなさい」と促されたが、私は「私がやったんじゃないもん」と言ってそっぽを向いてしまった(だって6才である)。

大学生たちはやさしく、「そうだよねぇ、あなたがやったんじゃないよね」と言ってくれたが、時、すでに遅し。父は顔色を変えていた。

場面が飛ぶ。私たちは砂浜を歩いている。

「お前や〇〇(妹)が何かしたら、俺がしたんじゃなくても家族として俺が謝る。お前も〇〇のしたことを謝るのは当たり前だ!姉だろう!俺に恥をかかすな!」とわめく父。私と妹は泣きじゃくる。母のとりなす声は父の耳には入らず、父は私の襟をつかんで私を自分の目の高さまで持ち上げ、「これだけ言ってもわからないか」と激しく怒鳴りつけた。

私は、そんなにひどいことをしたのだろうか?砂浜で小さな子供が襟首を掴まれ、体が宙に浮く場面が、鮮明に思い浮かぶ。

今、想像するに、父はおそらく家を出る時から、ずっと仕事のことを考えていたのだろう。何か解決しがたい問題を考え続け、いらだっていた。そこへ、子供が他人の車を傷つけてしまう。なんとか理性を保つが、もう一人の子供が言うことを聞かない…父は我慢の限界を迎えた、ということだったのではないか。

母もこの件をよく覚えていた。「私はね、お父さんが一番よくないと思う。子供を怒るようなことじゃない。お父さんの車の停め方が、あっちの車に近すぎたんだよ」とあっさり言うので笑ってしまった。

 

とあるCMの話。10才くらいの男の子が、望遠鏡を抱えて車を降りる。その子は、話しかけられた拍子に体ごと振り向いてしまう。望遠鏡がガツン!と当たり、車体が凹む。「ごめんなさい…」と謝る男の子。父親は車体を点検する素振りも見せず、即座に「いい、気にするな」と微笑む。

私はこのCMが、怖くてしょうがない。若い父親が、本当は怒ってるのに、無理に微笑みをつくっているように見えるからだ。いつ怒りがあらわになるのか。男の子に「早く逃げろ!」と言いたい。

 

どうでもいい追伸。上のCM、若い父親じゃなくて叔父でした。